
ひょんなことから私が「徒然草を楽しむ会」の会長になると、同時に新型コロナウイルス感染症流行し、2年半休講を余儀なくされました。
そして、2023年再開するも、会員は戻らず、コロナ前の30名から10名前後に減少してしまいました。
さらに、先生が体調不良で退任してしまい、あらたな先生は会員減少による財源不足のため契約できず、解散の危機に陥りました。
そこで、最終的に残った5人で、私の調査結果を報告する形式で2023年7月第1回を試験的に開始しました。
3回の試行結果、可の評価を得て続行を許されから、2025年12月6日に27回目の調査報告会を迎える予定です。
12月例会の徒然草 第二三九段の全文二行だけを現代語訳しても「陰暦八月十五日と九月十三日がなぜ月見に最適であるのか」で説明する本人が理解できないため、いくつかの参考資料を調査してまとめました。
徒然草 第二三九段全文二行。
八月(はつき)十五日・九月(ながづき)十三日は、婁宿(ろうしゆく)なり。
この宿(しゆく)、清明(せいめい)なる故(ゆゑ)に、月を翫(もてあそ)ぶに良夜(りやうや)とす。
【古代中国の思想「陰陽思想」と「五行思想」】
古代中国では、自然界の観察を基礎として天文学・暦学・易学・時計などの学問が発展しました。
その中で、自然哲学として重要な位置を占めたのが 陰陽思想 と 五行思想 です。
陰陽思想:
自然界のすべての現象は、相反しつつも調和する「陽(よう)」と「陰(いん)」の二つの気(エネルギー)によって成り立つと考える思想。
五行思想:
万物は「木・火・土・金・水」の五つの要素(行)によって構成され、互いに影響し合うとする考え方。
中国では、これらの思想は儒教や道教に取り込まれて独自に発展しました。
日本には6世紀(飛鳥時代)、百済からの仏教伝来とともに多くの学問がもたらされ、その中に陰陽思想・五行思想も含まれていました。これらが融合し、神道・道教・仏教の影響も受けつつ、やがて日本独自の呪術・占術体系 陰陽道(おんみょうどう) が形成されました。
【二十八宿について】
古代中国の天文学では、天球を黄道(太陽の通り道)に沿って東・北・西・南の四方に七宿ずつ、計 二十八の星座(宿) に区分しました。
これを 二十八宿(にじゅうはっしゅく) と呼び、各宿には吉凶や性質が付され、暦や占星術に用いられました。
(星座:constellation、最近、複数の人工衛星もコンステレーションと言うらしい)
二十八宿は占星術では各宿には、その日にふさわしい行動や避けるべき行為が割り当てられ、暦注(暦の注記)として生活に利用されました。
一方、日本の陰陽道では、二十八宿のうち「牛宿」が火災の凶日とされ除外され、二十七宿 として扱われました。
【婁宿(ろうしゅく)について】
陰陽道の二十七宿を陰暦の正月朔日から順に宿を当てはめていくと、八月十五日 と 九月十三日 が 婁宿 に当たります。
(注)陰陽道と占星術は、同じ“二十八宿”を用いていても目的が異なるため、判断基準が異なり、扱い・吉凶・禁忌にも違いが生じます。
陰陽道:天文・国家儀礼のための宿(牛宿除外のような制度的判断あり)
占星術:婚礼・建築・地鎮祭・葬儀・旅行・移転・祭祀など生活の吉凶判断のための宿(象意に基づき全宿を使用)
● 婁宿の位置と性質
四神のうち「白虎(西方を司る神獣)」の七宿の第二に位置する
現代の星座では、おおむね 牡羊座付近 に相当
「澄みわたり・清浄・観賞ごとに適す」とされる宿
婁宿に月が入る日は、月の光が特に清らかで美しいとされ、観月に最適の日とされました。
【中秋の名月と十三夜の月】
陰暦の 八月十五日 と 九月十三日 は、いずれも月が婁宿にかかる日となります。
そのため、
八月十五日の月 → 中秋の名月
九月十三日の月 → 十三夜の月
として、古くから月の美しさを鑑賞する風習が生まれました。
【陰暦の秋について】
陰暦では、秋は以下の三か月を指します。
初秋 … 七月(現在の8月ごろ)
仲秋 … 八月(現在の9月ごろ)
晩秋 … 九月(現在の10月ごろ)
八月は「仲秋」ですが、特に八月十五日は秋の真ん中にあたるため「中秋」と呼ばれます。
【参考資料】
1.『新編 日本古典文学全集 44 方丈記 徒然草 正法眼蔵随聞記 歎異抄』神田秀夫・永積安明・安良岡康作 校注・訳、小学館、1995年
2.『新訂 徒然草』西尾 実・安良岡康作 校注、岩波文庫、岩波書店、1997年
3.『徒然草諸注集成』田辺 爵、右文書院、1962年
4.ウィキペディア
5.ChatGPTによる校正