西暦12月初冬(陰暦 十一月霜月仲冬 大雪・冬至)の藤原定家花鳥和歌の絵「枇杷に千鳥」

枇杷に千鳥の絵

2025年12月の暦

[西暦11月晩秋(陰暦十月神無月初冬 立冬小雪)の絵「残菊に鶴」)]

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【西暦12月初冬(陰暦十一月霜月仲冬)】

陰暦の令和7年(西暦2025)は閏年のため十月神無月ですが、通常の年は十一月霜月です。

2025年は閏年に当り六月に続き閏六月が挿入され、十三か月(383日)の年です。

 

【季節 : 第二十一節気 大雪(七十二候 第六十一候~六十三候)】

西暦12月前半 初冬 : 大雪 12月7日~12月21日

陰暦十一月霜月前半(十一月節) 仲冬 : 大雪 十月十八日~十一月二日

 

 陽射しが弱まり、本格的な冬を迎える。

 花の少ない冬枯れの季節。

 熊をはじめ、森の動物たちは冬眠に入り、飛来した渡り鳥が水辺の景色を彩る。

 

【季節 : 第二十二節気 冬至(七十二候 第六十四候~六十六候)】

西暦12月後半 初冬 : 冬至 12月22日~1月4日

陰暦十一月霜月(十一月中) 仲冬 : 冬至 十一月三日~十一月十六日

 

 一年でもっとも昼が短い日。

 寒気は増していくが、この日を境に陽射しが伸び、弱まっていた太陽の力が回復していく。

 それ故、一陽来復ともいう。

 

藤原定家の花鳥和歌各十二首の中の仲冬(大雪・冬至)に詠んだ「枇杷に千鳥」の和歌】

 

【一首目 枇杷びわ)】

冬の日は 木草のこさぬ 霜の色を はがへぬ枝の 色ぞまがふる

(ふゆのひは きくさのこさぬ しものいろを はがえぬえだの いろぞまがふる)

 

【現代語訳】

冬の日ざしのもとでは、木々や草のすべてが霜の白さに覆われている。

そのなかで、葉を落とさぬ枇杷びわ)の枝の緑と霜の白い色がまぎれて見えている。

 

【語意】

[冬の日] : 冬の日の光、または冬の日中の景色。

[木草のこさぬ] : 木も草も残さず(すべて覆う)。

[霜の色] : 降り積もった霜の白い色、白く凍りついた霜の色、冬景の象徴。

[はがへぬ枝] : 葉を変えない枝。ここでは冬でも葉を保つ常緑樹の枇杷の枝を指す。

[色ぞまがふる] : 「ぞ」は強意の係助詞、「まがふる」は動詞「まがふ(紛れる、見間違う)」の連体形。〜と見間違う、〜のように見える。

 

【解説】

冬の厳しい寒さの中、すべての木や草は霜に覆われ白くなる。しかし常緑樹である枇杷の木だけは、葉を落とさず、霜の白さの中にかすかに緑を残している。

この光景を定家は「霜の白」と「枇杷の緑」を色のまぎれとして捉えている。

 

【二首目 千鳥】

千鳥なく かもの河せの 夜はの月 ひとつにみがく 山あゐの袖

(ちどりなく かものかはせの よはのつき ひとつにみがく やまあゐのそで)

 

【現代語訳】

千鳥が鳴く賀茂川の瀬で、夜半の月の光がきらめいている。

その光をひとつに映して輝かせるかのように、山の藍色(青みを帯びた闇)の袖が照り映えていることだ。

 

【語句の説明】

[千鳥なく] : ちどり。冬の寒い河辺で鳴く小鳥。冬の寂しい水辺の情景によく用いられる。

[かもの河せ] : 京都の賀茂川の浅瀬。水の流れが穏やかで月が映える。

定家が住んだ京の冬の景色。

[夜はの月] : 「夜半(よわ、夜中)」の月。澄み切った冬の夜空に輝く月。

[ひとつにみがく] : 「ひとつに(一面に)磨く(照り輝かせる)」の意。

ここでは、月光が川面と袖の両方を照らし、まるで磨き上げられたように輝かせていると表現している。

[山あゐの袖] : 「山あゐ」は山藍(やまあい)」で、深い青み。山藍で染めたような「山の青黒い影」を「衣の袖」に見立てている。

 

【解説】

一首目は「白い霜で覆われた常緑の枇杷の葉」と「草木全体を覆う白い霜」を「色のまぎれ」と表現し、静寂な情景を詠んでいる。

二首目は「夜半の月光と千鳥の鳴き声」による動的な情景を含む歌を詠んでいる。

二首あわせて「枇杷に千鳥」は視覚と聴覚、すなわち、静的と動的を合わせた冬の情景を描いている。