晩秋11月(陰暦 初冬十月神無月)の藤原定家の花鳥和歌の絵「残菊に鶴」

花鳥和歌の絵「残菊に菊」

2025年11月のカレンダー

yaseta.hateblo.jp

西暦2025年11月
陰暦の今月は閏年のため九月長月であるが通常の年は十月神無月です。
(2025年は閏年に当り六月に続き閏六月が挿入され十三か月(383日)の年です)

【季節 : 第十九節気・立冬(七十二候・第五十五候~五十七候)】
西暦11月前半 : 11月7日~11月21日 晩秋
陰暦十月節  : 九月十七日~十月二日 初冬

大地がゆっくりと凍り始めるとき。
初冬に吹く強い北風が、木の葉を散らし始めるが、風もなく、春のような穏やかで
暖かい、小春日和も訪れる。

【季節 : 第二十節気・小雪(七十二候・第五十八候~六十候)】
西暦11月後半 : 11月22日~12月6日 晩秋
陰暦十月中  : 十月三日~十月十七日 初冬

山の峰は雪で覆われる。
冷え込みが増し、冬の気配が漂い始める。
木々は一斉に葉を落とし、枯木立の世界となる。茶の湯は炉を開き新茶で祝う。

藤原定家が初冬(立冬小雪)に詠んだ花鳥和歌各十二首の中の「残菊に鶴」】
【一首目 残菊】
神な月 しも夜の菊の にほはずは 秋のかたみに なにをおかまし

【現代語訳】
陰暦十月神無月の霜の降りる夜に、菊の花が香らなかったならば、秋の思い出として何を残したらよいだろうか。

【語意】
[神な月] 陰暦十月。神々が出雲に集まり、他の地には神が不在とされる月。
[しも夜] 霜が降りるほど冷え込む夜。初冬の寒い夜。
[にほはずは] 「にほふ」は「匂う」で、菊が匂わなければ・香らなければ。
[秋のかたみ] 秋の思い出をとどめるもの(形見)、秋の名残、秋をしのぶよすが
[なにをおかまし] 「おかまし」は「置かまし」の意。置くべきもの、残すべきもの。

【追記】
陰暦十月神無月は陰暦では初冬です。晩秋から初冬にかけての季節の移ろいを背景に、菊の香りを秋の象徴として詠んでいます。
神無月の霜夜という寒さの中でも、菊がなお香ることで、秋の余韻が保たれているが、その香りがなければ、「秋の面影」が失われてしまうという思いが込められています。
菊は陰暦の九月の花ですが、晩秋から初冬にかけて残って咲くこともあり、「残菊」として季節の名残を象徴します。ここではその菊が、視覚よりもむしろ「香り」を通して秋の面影をとどめるものとして扱われ、繊細な感受性が表れています。

【二首目 鶴】
ゆふ日影 むれたつたづは さしながら 時雨の雲ぞ 山めぐりする

【現代語訳】
夕陽の光を浴びながら、鶴が群れをなして立っている中、時雨を降らせそうな雲が山をめぐりながら流れ、広がっている。

【語意】
[ゆふ日影] 夕方の陽光。
[むれたつたづは] 群れ立つ鶴。「たづ」は鶴。
[さしながら] 「差しながら」。夕陽を浴びつつ、立っている。
[さす] 自動詞、その状態のままでいる、動かないでいる。
[~ながら] ~の状態で、~にもかかわらず。
ここでは、「鶴は(群れて立っているという)その場を動かないでいるにもかかわらず」という意味合い。
[時雨の雲] 晩秋から初冬にかけて降る通り雨の雲。
[山めぐりする] 山々を巡るように動いている。

【追記】
この歌は、夕暮れの光景を描いた叙景歌です。
夕陽に照らされながら群れ立つ鶴の姿と、山々を巡る時雨の雲が対比され、静と動、光と陰が交錯する美しい情景が浮かびます。

【季節背景】
陰暦十月(神無月)は初冬の始まりで二十四節気の第十九節気「立冬(十月節)」と第二十節気「小雪(十月中)」です。
菊は重陽節句(九月九日)以降も咲き残る「残菊」として、晩秋の象徴として詠まれています。
鶴は冬鳥であり、長寿・吉祥の象徴。群れで飛ぶ姿は季節の移ろいを感じさせます。

yaseta.hateblo.jp