


59年前の1967(S42)年、私は研究テーマ遂行のための実験の一環として海水に微量に含むマグネシウムの濃度を測定していました。
現在は、進歩した分析技術とコンピュータを内臓した分析機器により数秒で定量分析ができますが、当時の微量マグネシウムの分析は濃度分析器の波長の面積を「ハサミ」で切り取り、天秤で重さを図る方法や指示薬を入れたキレート滴定法(EDTA法)を使いました。
しかし、いずれも手作業で数時間かかり、また、データ整理も手回し計算機とそろばんを使うなど苦労した記憶があります。
(学会発表用のデータ図表などは写真撮影・現像して映写用のスライドを作成し、学内発表用は大判用紙にマジックインキなどで手書き作成していました。)
値段ははっきり覚えていませんが、当時の初任給が1~2万円の時、100万~300万円したと思っています。高価だったので研究室の予算では到底買えるはずもなく、デモで終わりました。
当時は出来事しか頭になく、後になって知ることになりましたが、1960年から1965年にかけて半導体「トランジスタ」の数十倍から数千倍に対応する半導体「IC(集積回路)」が世に出ると、年を追うごと倍々ゲームで集積化が進みます。
1965年世界で初めてIC使用の汎用コンピュータとして小・中・大型まで商品化されたのがIBM360シリーズでした。そして、1967年、デモでみたビジコンの電卓はICを使用したものでした。
*世界で最初にトランジスタ電卓(1964年)を商品化したのも、IC電卓(1966年)を世界で最初に商品化したのも早川(シャープ)株式会社でした。
しかし、その後、コンピュータの頭脳になるCPU(Central Processing Umit 中央演算装置)は日本のビジコン社がインテルに持ち込んだことが誕生のきっかけとなりました。
「CPUは現在MPU(Micro Processing Umit)ともいう」
1969年、プログラム制御の電卓用のICを日本のビジコンの嶋正利氏がインテルに提案し、製造を依頼しました。
インテルの技術者テッド・ホフはこの提案を演算・制御・記憶機能を結び付けた2cm角のチップに治めたIC(集積回路)、すなわち、コンュータの頭脳であるCPU「インテル4004」を開発したのです。
この話は1991年にNHKスペシャル「電子立国日本の自叙伝」の5回目の電卓戦争に放映され、私が見たことを思い出しました。(録画したビデオテープからコピーしたDVDを見ようとしたら破損しており、現在は見れない状態です。)
1968年に富士通がIC使用のFACOM230シリーズが商品化され、1971年出光興産徳山製油所に中型汎用FACOM230-35、出光石油化学徳山工場に小型汎用のFACOM230-25が設置されました。
私は1969年出光興産に入り、出光石油化学徳山工場エチレン装置で3年勤務した後、1972年工場管理室研究係技術計算担当となり、物性推算や流動・伝熱・蒸留・反応などのデータ解析などでFACOM230-25を使用しました。
1972年頃の半導体と言えば、IC半導体(デジタル半導体)とその他個別半導体程度の分類で事足りたと思われます。しかし、その後、デジタル半導体の技術進歩とともにその他半導体も含め、種類も利用範囲も産業だけでなく、研究開発・軍事・教育・社会生活など多種多様な分野に拡大し、市場規模が巨大になりました。さらに、2023年頃からAI(人工知能)ツール「ChatGPT」が無料利用化され、瞬く間に世界中に広がりました。
今後、AIの利用拡大が見込まれ、半導体の生産・販売力の強さが国の経済を左右するかつての石油と同様の戦略物資になりました。そして、現在、世界の主要な国々は半導体市場シェア獲得を目指して熾烈な競争を始めています。
私は長年コンピュータに携わったといえ、利用分野のほんの一部を携わっただけでした。そして、定年後の2005年以降、インターネットやスマートフォンやAIなどの新技術とそれの利用技術が次々現れ、進歩が加速しており、概要すら理解できなくなってきました。
そんなこともあり、まずは概要を理解するための一歩として、種類や多様化した半導体についてまとめてみました。










