映画「ワルキューレ」と鉄の歴史家「中澤護人」氏の「ベック将軍研究」について

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数日前、2009年3月20日封切り予定のトム・クルーズ主演映画「ワルキューレ」のチラシを手にいれました。題名を見て、昔、見た映画「地獄の黙示録」の中でワーグナーの「ワルキューレの騎行」の前奏曲を鳴らしながらヘリコプターでベトコンを攻撃する場面を思い出しました。

 

さっそく、インターネットで探し、「ワルキューレ」のHPサイトを見たところ、この映画は第二次大戦がドイツや日本が降伏して終戦した1945年の1年前に実際に起った「ヒトラー暗殺未遂事件」を描いたものでした。首謀者シュタウフェンべルク大佐(俳優:トム・クルーズ)が計画を企てているときに流していた曲がワーグナーの「ワルキューレの騎行」だったことから命名されたものということでした。

 

さらに、HPの概要を見ていくと、さらに興味深いものに気がついたので紹介します。

 

4年前の2005年12月、高校、大学の友人のT君に仙台で逢ったとき、彼が指導を受け、尊敬する元東大生産技術研究所教授中澤護人(なかざわもりと)氏(1916~2000年)の遺稿集「鉄の歴史家、中澤護人、遺したこと・遺されたこと」という本をT君からいただきました。

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 私は最初にこの遺稿集に寄せたT君の文を読み、彼が長男の名前に中澤先生の名前の「護人」を付けるほど先生の考え方、生き方に傾倒したことを知り、中澤護人という先生に興味を覚えました。

 

先生はクリスチャンであり、ヒューマニズム溢れる方で戦時中は当時の軍国思想に反するため弾圧を受けるなど過酷な人生を歩んでこられました。(以下、経歴、学問内容など詳細は省略します。)

 

中澤先生の偉業は51歳(1968年)から69歳(1986年)まで18年の歳月をかけ、ルートヴィヒ・ベック(1841~1918年)著「技術的および文化史的にみた鉄の歴史」5巻を翻訳し、日本語版「鉄の歴史」全17冊、索引2冊を刊行したことです。

 

この鉄の歴史は翻訳文化賞を受賞し、その理由を「19世紀の化学と物理と機械学と工学のヨーロッパにおける最新の学問のすべてが流れ込んでいる」そして技術的側面だけでなく、著者の「頭脳の聡明さよりも心情の聡明さ」と「愛」によって語る「人間の歴史」そのものが訳者の人柄を真っ向に映す鏡面となって、人々の心を捉えて離さなかったからであろうと評価されています。

 

さらに70歳(1987年)から83歳(2000年)の亡くなる直前までの13年間に鉄の歴史家「ルートヴィヒ・ベック」の息子で同じ名前のルートヴィヒ・ベック(1880~1944年7月20日)について研究し、「ベック将軍研究」15集を私家出版し、第15集出版した1ヶ月後の2000年2月、83歳で亡くなりました。死の寸前まで研究をつづけた中澤氏のエネルギッシュな生き方に私も畏敬の念を受けました。

 

中澤先生は70歳を越える高齢ながら、戦争を中止させ、ドイツに和平政権をつくるため、ナチス・ドイツの総統「アドルフ・ヒトラー」の暗殺に立ちあがったルートヴィヒ・ベック将軍の思いを研究せずにいられなかったに違いありません。

 

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ロンメル将軍の自決 

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中澤先生の「ベック将軍研究」シリーズのベック将軍こそ、今回の映画「ワルキューレ」に登場するルートヴィヒ・ベック元陸軍参謀総長なのです。そして、シュタウフェンベルク大佐のヒトラー暗殺が成功した暁にはベックが摂政になり、ゲルゲラーという人が首相になって和平政権をつくるということでした。しかし、もう少しのところで失敗してしまいます。

 

中澤先生の遺稿集の55頁を見ると、70歳を過ぎて、ヒトラーに対するベックの抵抗運動に、夢中になりましたが、講演や執筆依頼が来るのは鉄に関する話ばかりで、ベック将軍研究にはほとんど関心を持ってくれないと、少々不満の様子でした。

 

今回の映画「ワルキューレ」がヒットし、ヒトラーに対する抵抗運動に関心が出てきて、「ベック将軍研究」を編集し、読みやすい単行本か文庫本になれば良いと思いました。

 

【参考】
ルートヴィヒ・ベック将軍:ドイツ陸軍参謀総長チェコスロバキア侵略のとき、ヒトラーに反対し、参謀総長を辞任、以来、抵抗運動の先頭に立った人。1944年の7月20日事件(ワルキューレ作戦)と呼ばれたヒトラー暗殺計画を実行したが失敗に終わり、命を断ちました。もし、成功していれば、ベックが摂政になり、ゲルゲラーが首相になり、和平政権を作る計画でした。
(1)「鉄の歴史家 中澤護人 遺したこと・遺されたこと」、中澤護人記念出版を進める会、(株)新時代社、平成15年7月23日