横浜市の称名寺で発見された仏像は運慶の真作と判明

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現在、神奈川県立金沢文庫が解体修理している仏像は約800年前の鎌倉時代初期に運慶が製作したものだということが判明しました。(2007.3.20読売新聞)

 

これは1998年(平成10年)横浜市称名寺の光明院で発見された21.1cmの大威徳明王坐像(だいいとくみょうおうざぞう)という仏像だそうです。

 

腕や腰下部分は破損してありませんが顔と胴体は残り、修理していたところ、文書が胴体にはめ込まれており、取り出し・開封に成功しました。

 

この仏像は、鎌倉幕府源頼家(みなもとのよりいえ)、実朝(さねとも)両将軍に養育係として仕えていた「源氏大弐殿」(げんじだいにどの)が1216年(建保4年)11月23日に発注し、運慶によって作られたことが明記されていました。

 

運慶は東大寺興福寺に納める仏像製作に康慶が率いる仏師集団「慶派」の一人として運慶も参加し、制作しました。

 

父である康慶(こうけい)と東大寺南大門の金剛力士像を制作しています。康慶は阿形(あぎょう)を運慶は吽形(うんぎょう)を作りました。