藤沢周平の小説「三屋清左衛門残日録」のごりやく

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定年間際に、まったく初めての土地に家を建て2年になります。周りは20代から30代の家族ばかりです。また、子供は独立して自分の生活をしています。

定年退職の前後に、両親が死去して1年立った後、しばらくは悠々自適の生活でした。

しかし、生活は日記をつけることと月1回レポートを提出するくらいで、これといった趣味もなく、暇にまかせ、小説ばかり読んでいました。しばらくすると、社会とのかかわりがないためか、やりたいなにかが見つからないためか、ときどき、さびしさを感じるようになりました。

藤沢周平の小説「三屋清左衛門残日録」に載っている以下のことばがそのときの私の心境に似ていました。

隠居してあとは悠々自適の晩年を過ごしたいと心から望んでいた。

清左衛門の描いていた悠々自適の暮らしというのは、たとえば城下町周辺の土地を心行くまで散策するということだ。
散策を兼ねて、たまには浅い丘に入って、鳥を刺したり、小川で魚を釣ったりするのもいいだろう。記憶にあるばかりで久しくみる機会もなかった白い野ばらが咲き乱れている川べりの道を思い浮かべると清左衛門の胸はときめいた。

ところが、隠居した清左衛門を襲ってきたのは、そういう開放感とはまさに逆の、世間から隔絶されてしまったような自閉的な感情だったのである。
多忙で気骨の折れる勤めの日々。ついこの間まで身をおいていたその場所が、いまではまるで別世界のように遠く思われた。
その異様なほどの空白感が奇妙な気分の原因に違いないと清左衛門は納得したのである。

そして、昔にもどることが出来ないとするならば、その空白感は何か別のもので、それも言えば新しい暮らしと習慣で埋めていくしかないことも理解できた。うかうか散歩に日を過ごすわけも行かぬらしいと、清左衛門は思ったのである。
こうして、心機一転した清左衛門は隠居ならではの活躍が始まるわけである。

また、清左衛門は日記をつけており、「日残りて昏るるにまだ遠し」という意味で残日録と名づけていました。

私は清左衛門にあやかりたいと思って、名前を痩田 肥利太衛門(やせた ふとりたいもん)と名付け、定年後の記録ということで日記の名前に残日録を拝借させてもらいました。そして、日記「痩田 肥利太衛門 残日録」の名前はそのままブログでも使うことにしました。

(痩せすぎ・体力不足を人並の体重・体力を持つという願望を込め名付けました。)

4月から仕事をすることになり、またブログの作成・更新作業も日常になり、1年前とは大分変わり、忙しくなりそうです。三屋清左衛門残日録の「ごりやく」が現れてきたと自分勝手に思っています。