鳥語を理解する孔子の娘婿「公治長(こうやちょう)」

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8月6日の二松学舎大学夏休み公開講座で「論語を読むということ」というテーマで二松学舎大学名誉教授「戸川芳郎」氏の講義を受けました。

 

戸川芳郎氏は東大中国文学科を卒業、京大大学院で中国哲学史を専攻、博士を取得、御茶ノ水大学、東大の教授を歴任し、「全訳 漢辞海」(三省堂)という漢和辞典を監修された中国文学の第一人者ということを知りました。

 

これまで、私は一般の人向けに出版されている論語の本を本屋で数多く目にしましたが、今回受講した内容が記述されている論語の本は見たことがなく、新鮮で、珍しくまた昔話のように親近感を覚え、興味を持って聞くことができました。概要を以下に紹介してみます。

 

講義は20編からなる論語の第5編「公治長第五」の公治長(こうやちょう)についての文をテキストにして、素人向けに易しく解説していただきました。

 

論語の「公治長第五」には十数の文(孔子の言行、【参考】の(2)には13の文が紹介されている)がありますが孔子の弟子である公治長(こうやちょう)について述べているのは次の文のわずか三行です。(と思われます。)

 

子、公治長を謂(のたま)わく、妻(めあ)わすべきなり。
縲絏(るいせつ)の中(うち)に在りと雖(いえ)ども、その罪にあらざるなりと。その子を以ってこれに妻(めあ)わす。

 

ひとつの原典、例えば上記の論語の文章に注釈をつけること疏(そ)と言いそれらを集めたものを集解(しっかい)と言うそうです。論語は出版され2000年の間、唐(西暦600年~900年頃)の時代の集解数個を含む十数個以上の集解が発見・発掘され、解読されています。

 

その中で中国の南北朝時代儒学者皇侃(こうかん)が「論語集解義疏(ろんごしっかいぎそ)」巻三に記した公治長についての注釈文の訳(1921年竹内義雄氏)の講義を以下に記述します。

 

孔子、公治長(こうやちょう)を評論して、婿(むこ)に娶(めと)るべし、とのたまへり。
治長、賢人たりといえども、罪なくして、縲絏(るいせつ)の難にあえり。
時の人、恥辱を受くる者なれば、交わりを結ぶべからずと云う。
孔子、ここを弁解したまえり、治長、実に罪あらば、縲絏(るいせつ)せられずとも、交わりをなすべからず。
実に罪なくば、縲絏せられるというとも、恥にあらず。
治長が正直にて、思案たらずして、難にあえるとも、これ治長があやまりにあらず。
文王の羑里(ゆり)に囚われ、周公の東土に赴くことなきにあらず。
更に、治長の罪にあらずとのたまいて、孔子の女(娘)を以って妻(めあわ)して、婿に取りたまう也。

 

治長が獄舎に入れられたるは、禽語を解する故也。治長、衛より魯へ還る時に、衛と魯との境にて、鳥の鳴くを聞きたれば、清渓という所に死人あり、行きてついばまんとて、友を誘引す。
奇異の思いを成りして行かば、道に、老嫗(ろうおう)とて、くちうわのようなる者ありて泣き悲しむ。
治長、その故を問う。
嫗(おうな)いう、わが子、前日、余所(よそ)に行きしか、今に帰らず。必定、難にあいたる者なり。
死骸のあり所さえ知らずして、嘆く、と云う。

 

治長、いわく、先に鳥の鳴を聞きたれば、「清渓という所に死人あり、行きてついばまん」と云う。もし、そちの子歟(か)。行きて見よ、と云う。

 

嫗(おうな)行きて見れば、即ち我が子也。嫗(おうな)思わく、是、治長が殺すもの也。
しからずば、知り難し。即村司とて、その村を司るものに訴う。
村司、即治長を捕らえて、獄にいれる。

 

而して、治長に問う、何の遺恨によって、人を殺すと云う。
治長、云う、更に人を殺すことなし。鳥語を聞きて告げたりと云う。

 

是罪をのがれんために陳述する者也。されども、以後、鳥語を解せば、許すべし。解せずば、殺すべし。まず試すべし。とて、獄舎に入る。其の間六十日也。

 

其の後、雀が獄の柵上とて、格子の上に来て、嘖雀嘖雀(さくじゃくさくじゃく)と鳴くを聞きて、治長ニコっと笑う。村長云う、雀が何といえば、笑うぞと云う。

 

治長、曰く、白蓮水という池の辺に、粟を積たる車がひるがえりて黍稜(しょしょく)をうちこぼせり。
取りおさむれども尽きず。いざ、行ってついばまん、と云いて、友を誘う、と云う。

 

村長、信ぜず。人をやり見せしむるに、果たしてしかり。此れ、猶(なお)人の告げたりとて、許さず。

 

其の後、村長の家の梁に、燕二羽きて巣つくる。長史、打ち殺さんとは思わざれども、杖を梁の上になげたれば、一の燕に当たりて、死す。一は驚いて去る。此の事は村長の外は、一人も見ず、知らぬこと也。

 

治長、獄中にいて、燕の鳴くを聞いて云う、王侯(村長)が殺さんと思わずして、我が夫の燕を殺す。殺し物は杖也。覆いて隠すは甌(ほとぎ)也。未だ、遠くに捨てずして、近く机の辺にあり、と云う。

 

長史、聞きて、此の事は只今のことにて、知る者なし。さては、鳥語を解すること疑いなしとて、許しけり。
又、猪の語おも解したり、と云う。治長、此れによって、縲絏の難にあえり。

 

【意味】
縲絏(るいせつ:黒い縄、捕らえられること
羑里(ゆり):殷の末、文王が捕らえられた獄の名前
老嫗(ろうおう):おばあさん、老婆
黍稜(しょしょく)きびとあわ
甌(ほとぎ):酒や水などを入れるカメや土器
【参考】
(1)「論語を読むということ」、戸川芳郎、平成19年度大学公開講座講義資料、二松学舎大学、2007年
(2)「論語」、貝塚茂樹講談社現代新書、1964年