明治の政治家「尾崎行雄」が評論した「上杉謙信」

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この間、実家の土蔵の中で明治32年発行の明治名家「古人評論」という文庫本サイズの本を見つけました。

 

公爵、子爵、男爵、政治家の方々が尊敬する人物を取り上げ、1000~2000字で評論した本で、菅原道真聖徳太子、楠正成、織田信長などの人物が50人ほど載っていました。

 

各文は漢文や旧仮名遣いの文語体で格調高く書かれており、文中の多くの単語の読みや意味を辞書で調べないと読むことも意味を汲み取ることもできませんでした。

 

現在、放映中のNHK大河ドラマ風林火山」の中心人物「武田信玄」は載っておりませんが、「武田信玄」のライバル「上杉謙信」の評論がありました。執筆者はあの日本の議会政治の近代化に貢献した「尾崎行雄」です。

 

以下に「上杉謙信」について評論した格調高い文を披露します。なお、評論文の後に私が言葉の読みと意味を調べた【参考】を追加しました。

明治名家古人評論「上杉謙信」          執筆者 尾崎行雄

 

記者足下(そっか)、僕古今の賢哲英豪に於いて別に偏好する所なし、智あるもの勇なく、勇あるもの智なし、才略に長ずるものは徳操(とくそう)を欠き、大節(たいせつ)毅然たるものは雄略に乏し、要するに皆一個の不具人たるを免(まぬが)れず。

 

故に僕好んで古今東西人の伝記を読むと雖(いえど)も、只其の長所に就(お)いて之を師友とするに過ぎず、一読爽然(いちどくそうぜん)敬慕止む能(あた)わざる者に至っては、僕未だ其の人あるを知らず。

 

然れども強いて愛好の深浅を較(かく)すれば、彼此れより深きものなきに非ず、不識庵(ふしきあん)謙信の如きは即ち僕が敬慕心の傾注することやや深き者なり。

 

彼不幸にして北陬(ほくすう)に産まれ上国の形勢に暗し、故に其の計図(けいと)未だ偏小なるを免(まぬが)れずと雖(いえど)も、尚、天下を席捲(せっけん)し宇内(うだい)に号令するの志なきに非ず。

 

殊(こと)に其の豪快義侠の気質に至っては、高く戦国の諸将に傑出す、之を古今東西に求むるに匹儔(ひっちゅう)あることなし、彼既に義にして亦(また)智、既に勇して亦(また)仁、加うるに勤皇の至情を以(も)ってす、天若(も)し之に年を假(か)さば其成就する所、豈(あ)に越山併得能州景(「えつざん」あわせえたり「のうしゅう」のけい)を賦するに止まらんや、彼素(もと)より身命を賭すして信玄と争うの愚なることを知る。

 

然れども雄図壮望あるが為に、其の義侠心を矯抑(きょうよく)せず、敢進勇往(かんしんゆうおう)人生復他望(たぼう)なき者の如く然り、真に是れ援弱抑強の天使にして、亦(また)義侠心の凝結体なり。

 

其の剣を横たえて能州の月に吟ずるに至っては、豪爽活達、人をして覚えず唾壷(だこ)を撃破せしむ。

 

彼をして上国に生まれしめば、信長素より雄図を逞(たくまし)うする能わず、豊太閤亦陪臣を以って終わらんのみ、惜しいかな彼人和を得て天時を得ず、天時を得て地利を得ず、壮図(そうと)未だ上国に伸びずして、将星(しょうせい)既に北陬(ほくすう)に落つ。

 

是僕が嘆惜して措(お)く能わざる所なり、聊か(いささか)鄙見(ひけん)を記して、足下の推問に答う。

 

【参考】
足下(そっか):相手に対し敬意を表すことば、貴殿、あなた
徳操(とくそう):いつまでも持っている道徳心
大節(たいせつ):大義、国家、天皇に対し変えない尊敬の念
不識庵(ふしきあん):上杉謙信法号武田信玄法号は幾山である。
計図、雄図、壮図:計画、雄大な計画、壮大な企て
北陬(ほくすう):北の片田舎
偏小(へんしょう):偏る、一方的
宇内(うだい):天下
匹儔(ひっちゅう):匹敵すること
假(か)さば:假=仮、与えるならば、許すならば
豈(あ)に:打消しの語をともなう。何も、決して
賦(ふ)する:割り当てる、与える、さずかること
越山(えつざん):越後の山々
能州(のうしゅう):能登の国
敢進(かんしん):思い切ってすすむ
勇往(ゆうおう):ためらわず前進すること
矯抑(きょうよく):欲望を抑えること
唾壷(だこ):たんつぼ
逞(たくまし)うする:思いどおりにする
将星(しょうせい):将軍、大将になぞらえた星
鄙見(ひけん):自分の意見
聊か(いささか):少し