タイガー計算機について

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2006年2月、実家の山形県小国町の図書館に行ったとき受付の隣に「手回し計算機」展示されており、懐かしさのあまり、写真を撮りました。

私が大学の学生のときの1966年(昭和41年)~1969年(昭和44年)は大学に電子計算機は入っていましたが、自分でプログラミングしなければならず、あまり使っていませんでした。
また、卓上電子計算機はまだ出回っていませんでした。

研究室には当然、電卓はなく、簡易に使う場合は原子量が載っていた化学用計算尺を使っていましたが、主に、掛け算、割り算は手回し計算機「タイガー計算機」、足し算、引き算はそろばんを使いました。

卒業後、1969年(昭和44年)I社の工場のエチレン装置に配属されました。
装置はアメリカから最新の技術を導入し、運転コントロールはコンピュータ(山武ハネウエル制御用コンピュータ)を使っているのに、運転日報や用役バランスを作成する計算には「タイガー計算機」とそろばんを使っていました。
簡易計算には、携帯用の計算尺を持っていましたが面倒なので、あまり使わなかった記憶があります。

この2年~3年後、電卓が市場に出て、熾烈な電卓戦争が始まりました。